【被災地からのコラム】保存か解体か。旧役場庁舎問題で光った大槌高「復興研究会」の訴え 朝日新聞大槌駐在・星乃勇介

2015年、岩手県大槌町は、震災遺構の問題に揺れました。東日本大震災の津波で当時の町長以下40人が犠牲になった旧役場庁舎です。あの日の惨劇をとどめる建物は、前町長が一部保存を決めていましたが、部下だった現在の町長が解体を公約に掲げて町長選に立候補。前町長を破ったことから、町を二分する議論になりました。

その中で光ったのが、県立大槌高校生の存在でした。12月、同校で復興後のまちづくりを考える有志グループ「復興研究会」の中心メンバーが、会の総意として、拙速に結論を出さないよう求める要望書を町長に出したのです。町議会も同様の意見書を出したことから、町内に決定的な対立を生みかねないと判断した町長は、議論の先送りを決めました。

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写真説明:大槌高生と町長との意見交換(2015年11月17日)

高校生は前月に町長と意見交換し、後世への教訓として、建物を保存するよう求めました。出席した生徒全員が「つらくても、それが事実ならば向き合う」と訴えたのですが、町長は「見るのがつらい遺族がいる。いまを生きる人間の感情が優先する」と声高に反論。解体する方針を変えませんでした。

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写真説明:大槌町旧役場庁舎と旧市街地(2015年12月、小川秀峻さん撮影)

高校生はその後、さらに話し合いました。その結果、「旧庁舎を遺構にするかどうかは時間をかけて考えるべきで、壊してしまったら元に戻せない」として、「直訴」することにしたのです。

人口1万6千人の小さな港町で、1285人もの人が犠牲になりました。身内や親族を亡くしていない町民はいないといっても良く、5年経っても心の整理のつかない人がほとんどです。旧庁舎も「見たくない」という意見が声高で、公の場で保存を訴える人はほとんどいません。

そんな中、高校生の行動は大きな波紋をもたらしました。生徒の多くは卒業後、進学や就職で町外へ出て行きます。そのせいか、高齢者や議員からは「どうせ戻ってこない連中が何を言う」という冷めた声が聞かれました。一方、庁舎で犠牲になった職員の遺族の中には「子どもたちが向き合おうとしているのに、大人が座視していていいのだろうか」と、考え直す人が出てきました。

同校の復興研究会は全校生徒の2人に1人が加入し、町内の被災現場の定点観測や、学識者らとのワークショップを通じ、若者の視点を生かしたまちづくりを考えています。町は震災の津波で市街地が壊滅し、同校は避難所になりました。自らも自宅を流されたり、家族を失ったりする中、生徒は被災者の支援に奔走しました。学校によると、今年3月の時点でも、仮設住宅から通う生徒が3割、被災した生徒を支援する奨学金の受給者が6割いました。

3月1日、同校で卒業式があり、70人が巣立ちました。小田島正明校長は式辞で旧庁舎問題での生徒の活躍を取り上げ、「賛否両論ある中、地域の議論に大きな影響を与えた。正解のない問題を考え、発信し続けることが大事。今回の経験を糧に、復興の担い手の一員として活躍してくれると信じている」と鼓舞しました。

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写真説明:大槌高卒業式で答辞を述べる紺野堅太さん(2016年3月1日)

答辞を読んだ卒業生代表の紺野堅太さん(18)は津波で自宅が全壊し、友人を亡くしました。復興研究会の活動で阪神大震災の被災地・神戸を訪れたことに触れ、現地の学生と話し合ったことを振り返って、「(神戸の人たちが)つらい被災体験と向き合ったことが、(神戸の)復興につながったのだと学んだ。今後も若者の視点で発信と議論を続け、町の将来に寄与したい」と決意を述べました。県外で就職しますが、「復興研究会の活動を通じて、大槌を見つめる機会に恵まれた。どこにいても、ふるさとで学んだ経験を生かして生きていく」と話してくれました。

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写真説明:大槌高卒業式で卒業証書を手にする小国夢夏さん=写真右(2016年3月1日)

卒業生の一人で、復興研究会のメンバーの小国夢夏さん(18)は、家が流され、町内の仮設住宅で家族と暮らしてきました。県内の短大に通い、まちづくりを学び、町役場に勤めるつもりです。ゆくゆくは町長になって、災害に強い町を作るのが夢だとか。町長との意見交換会では、「(解体を公約にした)首長としての立場ではなく、個人としてはどう考えるのか」と鋭い質問を浴びせました。町長は震災当時、総務課ナンバー2の職員。旧庁舎の屋上に駆け上がり、かろうじて津波から逃れた一人です。「私も夜、あの建物のそばを通れないんだ」という「本音」を引き出しました。卒業式の後、高校生活の思い出を聞くと、「旧庁舎の問題を考えることで、自分のふるさとに対して目を開かれた思いがする」と、きっぱりとした口調で答えてくれました。

卒業生70人中、被災した沿岸で進学・就職するのは23人に過ぎません。しかし地元を離れる生徒の中には、いずれ帰って故郷の復興に力を尽くす決意を胸に秘めている人が少なくありません。

大槌はサケが特産です。サケは川で生まれ、海に下り、数年たって帰ってきます。これからも、震災の傷を見つめ、未来のまちづくりに生かす強さと覚悟を持った若者が一人でも多く育ち、ふるさとに戻ってきてほしい。

心から、そう願っています。
(肩書きは取材当時)

ヘッダー写真説明:復興研究会の定点観測(2015年12月5日)

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