【被災地からのコラム】「志津川から甲子園に行こう」。LINEで誓った志津川高3年生たちの「最後の夏」 朝日新聞仙台総局・山田雄介

津波で壊滅的な被害を受けた宮城県南三陸町の志津川高校では、グラウンド約3万平方メートルのうち、約2割にあたる約6千平方メートルに仮設住宅が建ち、約50戸に住民が暮らしています。恵まれた練習環境でないことを承知で、今年の野球部の3年生10人は「志津川から甲子園に行こう」と中学時代に誓い合い、集まりました。高校のグラウンドの仮設に暮らす人たちは、原則として来年の5月には仮設を出ることになっています。志津川の部員たちと仮設に暮らす住民の皆さんの「最後の夏」に密着しました。


話は2013年にさかのぼります。無料通信アプリ「LINE」に、一つのグループが生まれました。名前は「志津川高校ナイン」。立ち上げたのは、当時、南三陸町立歌津中3年だったエースの三浦優投手(3年)でした。

三浦投手は中学2年の時、野球の県選抜メンバーに入るだけでなく学業も優秀で、進路の選択肢はたくさんありました。でも、志津川高校への進学しか考えませんでした。11年の夏の大会、東北に7回コールドで敗れはしましたが、仙台市民球場には多くの町民が詰めかけていました。「こんなに町の人から応援されている環境で野球ができるのは、志津川以外にない」。 思いっきり打って、走って、守れる。志津川にそんな当たり前の練習環境はないことはわかっていましたが、郷土の誇りとして高校野球ができる喜びが上回ったのです。

LINEのグループには、現在の3年生10人全員が加わりました。今も仮設に暮らす三浦将大選手(3年)、佐藤真生(まお)選手(3年)もそうでした。このメンバーなら甲子園に行けるはず――。みんな、志津川に進む決意を固めていきました。

同じ頃、恵まれない練習環境を何とかしようと奮闘している人がいました。震災があった年の夏、新しく就任した松井康弘監督です。体育館の裏にある駐車場に砂を敷いて「サブグラウンド」として活用することを思いつきました。選手たちがポジション別の少人数のグループ分かれて、ローテーションで課題をこなしていく練習スタイルを確立しました。グラウンドでは内野陣が守備連係を確認し、ブルペンでは投球練習です。冬場に軽いノックができるようにと建てられたプレハブでは、ティーバッティングなどの打撃練習をこなしました。

志津川1.jpg
写真説明:体育館裏の「サブグラウンド」。奥に見える木の前からフライを打ち、テニスコート越しに捕る練習をしたこともある=宮城県南三陸町の志津川高校

「状況に応じて工夫をすればいい。考えれば何とか練習はできる」。松井監督には確信がありました。母校は神奈川県の私立向上高校。部員数120人ほどの野球部は県内でも指折りの強豪でした。でもグラウンドを優先的に使えたのは全国トップレベルのサッカー部。野球部に与えられたのは、サッカーコート1面を確保した残り。それはくしくも、震災後の志津川のグラウンドと同じ、内野ほどの広さでした。それでも激戦区・神奈川で結果を残していました。決して広くはないグラウンドでしたが、工夫して、練習を積みました。昨夏には2年生主体のチームで、16強に進出。甲子園で準優勝することになる仙台育英に敗れました。

「今年こそ、甲子園に」。3年生は集大成の夏の大会に臨みました。仮設で暮らす人たちは今夏の大会に向かう選手たちのバスを総出で見送りました。志津川は初戦の2回戦をコールド勝ちで突破。3回戦は春の東北大会を制した第2シードの東北高校に挑みました。

試合の模様です。

王者に食らいつく挑戦者の気迫が、球場の空気を変えた。4点差で迎えた九回表、志津川は1点をかえし、なおも1死一塁。及川航主将(3年)は、笑顔で打席に入った。4球目を振り抜いた。東北の遊撃手の正面へゴロが飛んだ。ダブルプレーが頭をよぎった次の瞬間、打球はグラブからこぼれた。一塁で、再び笑顔がこぼれた。

チームはさらに1点を追加し、2点差に迫る。2死ながら一、三塁と本塁打が出れば逆転の場面。だが、三浦将大選手(3年)が三振に倒れ、試合は終わった。及川主将は三塁から整列し、東北の主将と健闘をたたえあった。

昨年、先輩から新チームの主将に指名された。自分より実力がある2年生は多くいた。「自分が主将で大丈夫か」。不安の中、引き受けた。心がけたのは、どんな場面でも仲間が動揺しないよう笑顔を絶やさないことだった。志津川が野球をするのに恵まれた環境ではないことを承知の上で、今の3年生10人は「志津川から甲子園に行こう」と誓い合い、集まった。その先頭に立ってこの1年、チームを引っ張った。

成績もオール5のエース三浦優選手は副主将のようにチームを支えてくれた。練習中も捕手目線で厳しい指摘をする佐藤真生選手はこの日、強肩を見せ、東北の盗塁何度も防いだ。最後に三振に倒れたが、三浦将大選手は闘志を内に秘める野球好き。今も仮設で暮らしている。三浦大州選手は右腕の疲労骨折を押して出場した。久保田涼平選手はよくいたずらで笑わせてくれた。佐藤浩成選手は、俊足を生かそうと昨年秋から左打ちに挑戦し、成長した。佐藤貴大選手は小さいことにもよく気がつき頼れる存在。学校のグラウンドの仮設に暮らす三浦雄一郎選手は教室では寡黙だが、プレーは闘志全開だ。唯一の控え、渡辺悠斗選手は練習のアップを取り仕切り、三塁コーチとして支えてくれた。

「勝利を見せたかったが、多くの人に支えられて野球ができて幸せでした」。最後まで笑顔だった。本気で甲子園をめざした志津川の夏が終わった。春の東北大会優勝校に6―0から2点差まで肉薄した健闘の記憶を多くの人に残して。

宮城大会を制し、甲子園に出場したのは、志津川を破った東北高校でした。

様々な人たちの思いを背負い、東北の選手たちも甲子園のグラウンドで躍動しました。

ヘッダー写真説明:ブルペンで投げ込む三浦雄一郎投手。フェンスの向こうは自らが暮らす仮設住宅だ=宮城県南三陸町の志津川高校

ウェブベルマークとは

教育支援のパイオニア ベルマークのウェブ版

2013年9月、東北被災校支援をきっかけに始まりました。 自己負担がなく、ネットショッピングで支援金を生み出すことができる仕組みです。

>詳しくは、こちらへ!

Yahoo!ネット募金

Tポイントやクレジットカードで、寄付できるようになりました。

>寄付は、こちらから!

1クリック募金(協賛サイト負担)

ひとり1日1回クリックするだけ、東北被災校へ1円募金!

↓このバナーからウェブベルマークサイトへ。

ネットショッピングで、東北の被災校支援を。Web Bellmark

ウェブベルマーク紹介動画

人気記事

カテゴリー

ウェブベルマークをPRしよう!データ(チラシ・説明資料)をダウンロードできます!

チラシデータ(PDF A5版 カラー・モノクロ)と2017年度説明会にて使用する説明資料(パワポ・PDF)をご用意しています。自由に加工してください。

> チラシデータのダウンロードは、こちら!

> 説明資料データのダウンロードは、こちら!

2017年度版のチラシデータをご用意しました。(2017/03/14)

NEW! 2017年度版の説明資料(パワポ・PDF)をご用意しました。(2017/04/21)

LINE公式アカウント

ウェブベルマークLINE公式アカウントです
@webbellmarkでも検索可能です
「利用」「アプリ」など、トークで話しかけてみてください!

友だち追加数