【被災地ニュース】被災地にもどり、育った街で社会人として一歩を踏み出す 釜石・宮城

育った街で復興の力に 新社会人、故郷に戻り一歩

 大学や看護学校に進学する直前に震災に遭い、悲しみや後ろめたさを抱いてふるさとを離れた若者たちが被災地にもどってきた。東日本大震災から4年。復興への決意、亡き家族への誓いを胸に、社会人としての一歩を踏み出した。

 ■保健師の道、胸に亡き父の言葉 釜石の22歳

 「保健師を命ず」
 岩手県釜石市の小笠原綾子さん(22)は市議会本会議場で、市長から辞令を受け取った。就くのは津波で命を奪われた父が生前、勧めてくれた仕事だ。
 高校3年だったあの日、受験のため盛岡市にいた。地震の直後、かろうじて通じた携帯電話で、海に近い釜石・鵜住居(うのすまい)町の農協支店にいる父と話した。「受験、がんばれよ」。その後、巨大な津波は、父が避難した支店2階をのみ込んだ。
 元々、看護師になりたかった。中学時代に祖父が入院したとき、献身的な姿に胸を打たれたからだ。父に打ち明けると、「保健師の資格もとった方がいい」と言われた。
 震災の春、岩手県宮古市の看護学校に進み、寮やアパート生活を続けながら看護師の資格をとった。さらに同県滝沢市の短大に進み、今年3月、保健師の国家試験に合格。父がいなくなってから独りで暮らす母の元に4年ぶりに戻った。
 配属先は高齢介護福祉課だ。人口減の進む市の高齢化率は35%。全国平均より約10ポイント高い。今も約4600人が仮設住宅で暮らす。昨年秋に市の案内で仮設住宅を訪ねてから、高齢者の健康状態が気になっている。
 「家を失った人、私のように家族を亡くした人がたくさんいる。そんな人たちに寄り添えるような保健師になりたい」
 父が遺体で見つかった農協支店跡の脇が、市役所への通勤路になった。かさ上げ工事が本格化し、震災当時の面影はない。初出勤の今朝は仏壇の遺影に「行ってきます」と声をかけ、母の車の中から支店跡を拝んだ。(山浦正敬)

 ■更地の被災地見て決断 宮城の23歳

原田太一郎さん(宮城).jpg

 一度は離れようとしたはずの故郷。宮城県角田市であった生活用品大手アイリスオーヤマ(本社・仙台市)の入社式では、原田太一郎さん(23)がまっすぐ前を向き、ふるさとで働く決意と向き合った。
 中学生のときから就職先は東京の銀行と決めていた。メガバンクに勤める親戚に憧れた。川崎市にキャンパスがある専修大学経済学部に進むことを決めたのも、銀行員への近道と考えたからだった。
 大震災に遭ったのは、進学先が決まり、宮城県利府町の実家での浪人生活を終えようとしていたころだ。家は倒壊を免れ、家族も無事だったが、ともに支え合って大学を目指していた友人を津波で失った。
 進学のため、水道とガスが止まったままの実家を出たのはこの年の3月下旬。たまたまキャンセルが出たバスに飛び乗った。地元を見捨てたようでつらかったが、「前に進むしかない」と言い聞かせた。
 大学では、周りに心配された。嫌だった。トイレや体を洗うための水をくみに、近くの川へ自転車で毎日往復したこと。遺体安置所からアルコールのようなにおいがしたこと。どうせ言ったって分からない。実家が心配で、長期の休みのたびに実家に帰った。
 震災から1年半が経った大学2年のゼミ合宿で宮城県南三陸町を訪れた。観光のように被災地に行くことに後ろめたさがあり、震災以降、沿岸部に足を運んだのは初めてだった。
 「何も進んでないじゃん」
 ショックを受け、同時にふるさとへの思いがわき上がるのも感じた。かつての町中心部で目にしたのは、所々にがれきを集めただけの更地に、ぽつんと残る骨組みだけの防災対策庁舎だけ。ニュースで「復興」の文字を目にしていたし、勝手に建物がいくらか残っていると思い込んでいた。
 今は何でも吸収したい。震災後、節電の面から注目が集まるLED事業にも関わりたい。「宮城の企業の知名度を高めることが、宮城の人を元気にすると思う」
 (木村聡史)

 ■労働力の流出課題
 文部科学省の統計では、大学に進学する宮城県の高校生の4分の1が、岩手県の3割が関東の大学に進む傾向があり、被災地では労働力の流出が課題になっている。
 宮城県は先月23日に「みやぎ移住サポートセンター」を県庁内に設けた。仕事や医療など、移住希望者が知りたい相談を受け付ける。夏には東京にも窓口をつくる予定だ。
 岩手県は昨年度から、原則として被災者に限っていた仮設住宅の入居条件を緩和し、Uターン者らにも入居を認めている。県内自治体も、Uターン者に2万~3万円を支給する(陸前高田市)――といった支援策を打ち出している。

 【写真説明】
市長から辞令を受ける小笠原綾子さん=1日午前10時14分、岩手県釜石市、山浦正敬撮影
入社式の前に、朝礼に臨む原田太一郎さん=1日午前8時29分、宮城県角田市、諫山卓弥撮影

(朝日新聞 2015年4月1日)無断転載を禁じます。

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