【被災地からのコラム】「仮設の歌姫」、700回目を迎えた万感の無料ライブ 朝日新聞大船渡駐在・渡辺洋介

かっぽう着やはっぴをまとった初老の女性たちが、シワの刻まれた両手を何度もこすりあわせている。「仮設の歌姫」と呼ばれる奥野ひかるさんの仮設ライブの最終盤。純白の衣装をまとったひかるさんが、その小さな手で、深く年輪の刻まれた手を包み込む。女性たちは、ありがたそうに両手で握り返す。「ひかる観音」……。そう呼ばれていることが分かる気がした。

ここ岩手県大船渡市の沢川仮設住宅に住み始めて1年余り。仮設の撤去に伴う退去が決まり6月9日、この仮設での最後のライブを開いた。被災地で行ってきた、仮設住宅の無料ライブはこの日、700回目の節目を迎えた。

大阪出身のひかるさんは2012年冬から無料の仮設ライブを始め、昨年5月から市の特別な許可を得て、ここに住み始めた。被災者から請われてのことだったが、当初は戸惑いもあった。

大阪に住む母親に電話をすると、一蹴された。

「仮設に住んだこともない人間が『仮設の歌姫』と呼ばれて恥ずかしくないのか。恥を知れ」。

3歳の時に祖母から民謡を習い、中学生でNHKのど自慢のチャンピオンとなってプロデビューした。歌手より、漫才師になりたかった。でも、孫娘を歌手に願う祖母の姿を見て、努力を続けた。「だって、おばあちゃんの喜ぶ顔がみたかったから」

その祖母は病院で亡くなる間際、奥野さんに言い残した。

「人の役に立つ歌手にならなあかんで」

2011年3月、発災。義援金を被災地に届けることからはじめた。その年の冬。京都であった復興支援イベントで、「岩手でも歌ってほしい」と言われた。

厳冬の三陸海岸。かじかむ手で、仮設住宅のドアを1軒1軒ノックしてまわった。

「歌いりませんか」
「歌どころじゃない」
それでもまた、ノックする。
「いま苦しんでいる人を元気にできないなら歌手をやめよう」

仮設に住む初老の女性から声がかかった。「こんな寒いときに何やっているの?いいから入りなさい」。身の上話をしたあと、この部屋で一対一で歌った。久しぶりに思い切り笑ったという女性から「また来てね」と言われた。

13年春。陸前高田市。年配の女性が足もとにしがみついてきた。

「娘のあとを追って、死にたい」

津波で、何の準備もなく娘を亡くした悲しみと、その後の耐えきれない孤独から出た言葉だった。ひかるさんは、大船渡の夜の海辺に何時間も座って、詞を考えた。その年の秋、「結」という曲が完成し、女性の前で歌った。

<終わりなき旅の始まりは 決して別れじゃないんだよ 君と出逢えた喜びは 命尽きても続いてる>

「魂を救われました。ありがとう」

女性は涙を流した。「人の役に立つ歌手」。祖母の遺言をかみしめながら「やっと歌手になれた気がした」

◆   ◆

長屋のような沢川仮設に住み始めて分かったことがある。寝食をともにすることでうまれる「家族的」なぬくもりの心地よさ。一方、夜に物音を立てることも躊躇し、闇に取り込まれそうになる不自由さ。ここで5年以上も暮らす人の気持ちを考えてみた。

震災前にあったはずの「当たり前の日常」が送れない環境に慣れてはいけない。だが、長く暮らさねばならないからこそ、逆にこの環境に慣れなければいけない。その矛盾を生きる中、仮設でできあがる「家族」のような関係の居心地の良さがもつ光と陰がみえてくる。

光の部分。例えば、ライブが終わって仮設に戻ると仮設の女性たちが自宅で作った食事を用意して待っていてくれる。ある女性は「もう娘みたいなもの。今日は何を食べさせてあげようと思えることが楽しいの」。早朝、起きてこないと近所の人が訪ねてくる。「死んでるんじゃないかと思って」。心配してくれる人がいることを実感できる暮らし。地縁や血縁に基づかない新しい「家族のかたち」がここにある。

陰の部分。仮設に比べて快適な公営住宅。食事をつくる音や誰かの笑い声といった近所の音が聞こえないことが今度は寂しさになり、「仮設に戻りたい」と話す人もいる。新しい人間関係や近所づきあいを作り直すことの苦労で、孤立感を深めていく人もいる。仮設住宅は年月を経れば経るほど、経年劣化が進み生活はしづらくなる。

「仮設はあくまでも仮設。出るときの心づもりをしておかないと、いざ出るというときに苦しくなる」

◆   ◆

冒頭の700回目の舞台。談話室は「大好き」「ありがとう」と書かれた垂れ幕などで彩られた。「家族」となった入居者や元入居者たちが作り上げた「感謝の舞台」だった。

「今日も思い切り元気をぶち込みます」

ひかるさんが叫ぶと、爆笑の舞台が始まった。「ひかるワールド」とも呼ばれ、軽妙なトークと歌で、笑いと泣きが交錯する。普段は感情を爆発させることが少ない観客たちが、「よいしょー!」「ドドンパ!」などの合いの手を打って絶叫する。

最終盤、集まった約15人を前に奥野さんは、感謝の気持ちをつづった新曲「ありがとうのうた」を披露。そして、「お金で買えない宝物をたくさんちょうだいしました」と締めくくった。すすり泣きが漏れた。

被災地では仮設の撤去が進む。11日、ひかるさんも「家族」に見守られながら、沢川仮設を去った。今後も大阪から被災地に通い続けるつもりだ。
「仮設の歌姫」も、復興の槌音にあわせて、いつしか「復興の歌姫」と呼ばれ始めている。

ヘッダー写真説明:仮設住宅の談話室で行われた、700回目の無料ライブで歌う奥野ひかるさん

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